あははは、この資本主義型経済社会はどこまで暴走を続けてゆくのだろうか、
精神的な世界は混沌と化してしまい、オームみたいなカルト宗教が増えてゆく一方で、
人々はお金を神様化してしまったみたいで、自分の人生、生活、時間、生と死に直面した
暮らしを営もうとしないのは果たしてなぜだろうか?
ゆりかごから墓場までこのバビロンに人生のプロデュースを手がけてもらっていいのだろうか、
この流れは日に日に勢いを増すばかりで、人々はこの欲望のピラミッド型欲望社会から
抜け出すことはなかなかできないのが今の現状みたいだ。
このバビロンの常識や刷り込みは既に生まれた時から始まっていて、
教育課程を経て企業に就職し、家族を持って食べていくためのお金を貯めて
保険にしっかりとお金を掛けて、年金にしっかりお金を掛けてと、
刻々と人生を生きている、すなわちこの常識化してしまった流れに生かされている面がある。
人間の暮らしは本来ゆったりとしていて自然や宇宙のリズムに寄り添うカタチで営まれていたのであるが、お金を基盤とした経済社会が生まれその虜になってしまっては本来人間が持ち合わせた
ゆったりとしたリズムで生きていくことは大変困難なこととなってしまった。
このバビロン社会は大量に物を生産し、大量に消費させ、人々の欲望を果てしなく肥大化させてゆくのであり、惜しみなく地球を壊し続けているの現状である。
この状況がこの先続くこととなれば、人間は神の手によりこの地球から退場させらるとゆうこともありうるだろう。我が子達にそんな目に合わせたくはないのが心の底からの願いである。
ではいかにしてこのnon stop babylonの行く先を方向転換させてゆくかは、
私達、一人一人の心の持ちようと、生活のあり方、もしくは幸せの価値観の転換だと私は思う。
この経済社会の象徴とも言える都市文明を人はあるがままに受け入れすぎていて、
本来、村や部族といった小さな社会のなかにある自然の流れに沿った文化や文明を
心底なおざりにしてしまっている気がするのは私だけでもないだろう。
そこに大切なもの人として人間として根源的な意味で大切なものがそこにつまっている。
方向を転換する上で何も新しい事を始める必要は全くないのである。
本来、人類が太古からはぐくんできた文化や伝統をこの場所で深く見つめ直せばよいのである。
そして今この瞬間にも地球の行く末を見据えた上で、既に暮らしのスタイルをシフトさせている、
人たちも地球上にはありとあらゆる場所で見受けられる、そのような今は点で在る部族やコミューンが互いに線で繋がることにより新たなる流れが生み出されバビロンのピラミッド型社会はその流れに飲まれてしまうのである、それを実行せずして人はこの地球上に生き続けることは不可能なことである。
バビロン社会から、ドロップアウトするのも好し、幸せの価値観を転換することも好し、とにかく抜け出し、生と死と向き合った新たなる満たされた真の暮らしを始めることが必要とされている時代なのであることは言うまでもないだろう。
今こそ世界は私達の住む地球のためにも暮らしのあり方をシフトさせてゆく最大の転機が訪れ、それは必要とせまられているのである。
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