2/28/2009

chai

夢にまで見た景色が目の前でゆらゆらと揺れているのがわかるそれが今の現実で僕は肺の底までこの空気を吸い込み続けているのである電柱は道の上に立ち続け秋の到来を知らせてくれて走り行く車たちがこだまする音が僕の体に夜が来たことを告げてくれるまだ始まったばかりのこの時に、今までここにずっとあたかもあったの様に積み重なるステレオやアンプたちは夜通しこの場を借りて朝まで語りを続けている喜びの知らせは少しづつ光を増して僕の煙の中で踊りを始めだす急にこのコンクリートの上に吸い込まれるかのように近くにそびえる偉大な山がゆらいでくるのである僕は何もつぶやくこともなくこの煙を吸い込みながらただ秋の風を心の奥底まで吹かせていたのであるタブラの音がどこからともなく僕の世界に溢れ出しラバブにさらわれた音階が女性の歌声と共に夜の彼方まで僕をさらってくれる電線の上に雀が3匹、温かな春を待ち侘びながらこちらをちらちらと見てるじゃないかこのまま行列がくずれて、遥かなる待ち人を想いながらビニール袋を破りながら、牛乳をこぼしながらチャイにしっかりと砂糖を加えながら 天の果てまでさりげなくも旅を続けてみたいものだ やかんは夜通しカタカタと音を鳴らしながら春を待ち続けているのであったこの惑星は静かにゆっくりと回り続け新しい季節を僕らにいつの時代もちゃんと落としてくれるじゃないか何も言わないコンテナはただそこに立ちすくんでるだけなのであった

2/26/2009

~巡季節恋歌~



散らばる人の心の行く末に
僕はチャイを飲みながらやさしさと共に乾杯しよう
同じ土は同じ木を育て
秋になればその葉を赤くちらぢらと染め抜いてゆくのだか
らこの世はとてもはかなくも深々としているものだ
空気を吸って一度その虹を捨てれば
やがて降りゆくその季節を片手にかかえたまま立ちすくむ
そのままスピードを上げることも下げることもなく
コンテナつみ寄る闇の中あたりは白い光に照らされていた
牛乳をそそいでチャイを作り、砂糖を加えて飲み干して
まぶしくも心響かす太陽の光をただ一心に吸収するだけの日々が続くのだ
今日が眠れば明日になって僕らはどんどんと年をとってゆく
しかしいつなる時も心の中にはとても立派な子供が住んでいて
彼は軽やかに年をとるだけで、僕が死ぬまで子供のままでいるものだ
ここに来れば線路は曲がり、ろうそく揺らせば、木々の匂いを感じ
巡り行くこの季節をさりげなく味わいながらも時計の針はすすんでく
時おり走り去るその車の音がその体中に響き渡れば
近くに降り立つ秋の風がとても鋭く心地よさと共に流れ去ってゆくものだ
遠くに潜むとても大きな海がある、炎が揺れているのはわかってる
プレハブの中電話がかかりネットが詰まり、人ごみの中へと消えてゆく
そんな夕日を浴びながらぼくは今日も息をしているのだろう

2/24/2009

Gowa Gowa Broadcasting System


種まきカレンダーを心に刻んで
ローカル、世界の気になるニュース
八洲の詩の朗読、弾き語り
循環する村社会のあり方とは?(視点
各種VITAMINE Pの紹介(心のビタミン)

来客ゲスト有


with simply good music!!!!!


2/23/2009

Tropical Radio Killer



midnight radio in Ethiopia




エチオピアにあるローカルな音楽ラジオなんかとてもロマンスがあるなと
八洲はちからいっぱい感じている次第で御座います。

今週のゴワゴワも八洲ファームのすぐ近く、四季の小屋からの放送となります。
みなさんこぞってお聞きになられてね♪

八洲の勘天気予報
詩の朗読
ルーツ暮らしのヒント
視点論点
ゴワゴワニュース
弾き語り
いい音(gowa gowa record shopより)

もうすぐ三月ですね、春が近づけば、
畑にまける種もどんどんと増えてきます。
その上を飛び交う虫の数も増えてきます。
お楽しみに!!

2/19/2009

星のソーラーカー

つくつくつくつく
星のソーラーカーは今夜も走る
夜の浜辺を駆け抜け
山や谷間を登ったり下ったり
星のソーラーカーは今夜も走る
夜の宇宙の光を集めながら
魚は闇の中をすいすいすい
星のソーラーカーは今夜も走る
その火をたやさぬようにと言われたからさ
そうゆう風が吹くのだと
こっからこっちが全部だと、、
星のソーラーカーは今夜も走る
星のソーラーカーは今夜も走る
星の光を集めながら

2/11/2009

The World is Chai~Standard Roots~

The World is Chai~Standard Roots~

「世界はチャイであって
それ以上でも以下でもない」
けれどバビロンはチャイをあんまり飲まない
もっと飲んだほうがよい
the world is chai
世界はチャイであってそれ以上でも以下でもない
ルーツな暮らしがスタンダードであって
それが全ての常識であるはずだ
この循環型の誰も知らないGowaGowaの村にこそ
光が降り注ぐ,そんな毎日をただ鳥達と虫たちと皆と共に過ごすだけである。
ルーツな暮らしにルーツな光を!

2/09/2009

ルーツな暮らしが広がってゆく

耕せば耕すほどに、
土との距離感がつかめてゆく
自然のリズムと呼吸がそろってくる、
五感が冴えてきて自分が自分であるとゆうことに気づける
六感がここにある、
小雨が降る中、カラスの鳴き声を聞きながら、
鍬を片手に畑を耕せば耕すほどに
宇宙の音階とのチューニングが合ってゆく
虫の声がとっても新鮮になり
風の匂いが体の中を吹き抜けてゆく
チャイとおにぎりでご飯を食べたら
流れる時間に体がじんわりじんわりと
溶け出してゆくのが如実にわかった
耕す苦痛は快感にかわり
風の音が鋭敏になり
井戸の上にて煙をくゆらせば
体と心がこの景色の中に溶け出してゆくのである
そして耕せば耕すほどに、今ここで耕していることがますます確実になってくる
ルーツな暮らしが広がってゆく

2/05/2009

ベクトル

一番簡単な話はベクトルだと思う。
どんな場所にいようと、今どんなに裕福か貧しい
暮らしを営んでいるのかではなく、
心のベクトルがどの方向を指差しているのか
それが人の幸、不幸を多大に左右するものである。
ただそれだけである。

1/30/2009

理想の追求 

僕は理想を追求する。

社会のあり方
教育システムの方針
暮らしの構造スタイル
文化の育み
自身の芸術
この社会の行く末
あるべき世界の真の姿
自然との共存
なりたい自分となりたくない自分

人は理想を追求することによって
1ランクも2ランクも上の世界に住むことができる

それは俗に言う勝ち組、負け組とかそんな話じゃないんだよう
目を閉じ、心を開けばすぐそこにまで
あるべき姿の現れを感じることができる。

ぐどないと!

1/29/2009

八洲茶屋へようこそ!



こんばんは、八洲です。

世間は金融危機だと騒ぎ立てる中、

八洲茶屋の風景は全くと言って良いほど変わらない。

不況、不況ってむしろ光の村社会に置いては不況であるほうが良いのかもしれない。


八洲の教育方針

茶、コーヒーのすぴりちゃるな飲み方レッスン

音を通じて世界の旅

八洲の弾き語りレッスン

村社会とイデオロギー

光のネットワークとは、、
真のグローバリゼーションの意味


この場所から見える庭の四季の移ろいの中で

宇宙とのつながりを感じていきましょう。

1/28/2009

世界がもし100人の村だったら


とてもすばらしいコンセプトだと思う。

現在、ひたすら暴走を続ける市場原理主義に元づく資本主義型工業社会なんか

なくなっていいと思う。

だって世界をそもそも一つの経済社会の流れで丸く治めてしまうとゆうこと自体

不可能な話だと思うし、

その流れで地球が回り続けても環境破壊なんか止まるわけがない。

バビロンは人々の欲望を常に刺激し続け、消費を拡大させ、

化石燃料でも何でも地球の資源もとことん使って

供給を続け、また人の欲望を誘っては市場原理主義のマーケットを拡大させてゆく。

この悪循環無くして、いまの米国を中心とした、資本主義型社会は身がもたないのである。

それよりも世界中に100人の村をいたるところに作って、

それぞれが点と線として結ばれてゆき、光のネットワークたるものを

現らわにしてゆくことに僕はひたすらに価値を見出している。

村社会に置かれる人々の役割とゆうものも多種多様であって

林業、農業、医療、教育、芸術、祈祷師、、、

それぞれが各自の役目をその社会の中で振り分け、与えられた仕事を

まっとうしてゆくとゆう生きてゆくうえでの充実感とゆうものが得られるはずだ。

それは肥大化しきってしまったこの地球規模の工業経済社会の中では見受けられず、

若者から老人まで、自分の社会的ポジション、立場、役割とゆうものがとてもとても

薄れてしまっているため、社会の中での生き甲斐とゆうものがそこから得られない。

日本は元々、村社会とゆう文化がしっかりと根付いていたはずであるが、

現代となっては地域社会も文化もとても希薄化しているのが現状だ。

しかし今こそ、この世界金融危機の最中、村社会のなかのすばらしき文化や育みに

多大なる価値を見出してゆくべきだと私は思う。

不況とゆう状況は別に悪くない、、、地球規模の資本主義型社会の流れがゆるやかになり

それのサイズ縮小を意味しているのでむしろ全体的に見ると良き状況であると考える。

それゆえに今こそ、村型、地域型の光の社会ネットワークを築きあげ、

そこに新たなる、資本主義型工業社会に変わる自然と共存してゆく文化と社会システムを構築してゆかなければならない。そしてその社会と流れはこの地球にとっても必ず持続可能なものでなくてはならない。

1/06/2009

ルーツな暮らし

ルーツな暮らしの中には
ルーツな音が流れ
ルーツな風が吹く
ルーツな食事をとって
ルーツな祈りを終えるころには
ルーツな光が差し込むのである。

世界は巡り巡り
時代は流れ流れて
人はまた元の暮らしを始めるときがさしかかっている
資本主義型工業社会とは、この地球にとっては
必要のない一枚の皮のようなものであって
成長する過程の中でこの皮を脱ぎ捨てなくてはならない
この地球と人は今まさに脱皮の時期を迎えようとしているのである
不況、不況と叫ばれる中、この国、世界は今だに
資本主義の流れを取り戻そうと必死にこの不景気を抜け出そうとしているが
今ここにある流れは本来地球にとって正しい流れであり
この流れを変える必要など全くもってないのである
縮小し続ける商業マーケットはバビロンにとってはとても痛手である
物を買わなくなる時代がやってくる。
大量生産、大量消費の時代は終わろうとしている。
そして、今我々の社会は転機を迎え新たなる状況を迎えつつあるのである。
そしてこの状況を受け入れるがゆえにまた新たな文化を0から見直して育んでゆく必要がある。
教育制度、社会問題、法律、税金、福祉etc
より自然の流れに則した、新たなる、豊かなる、文化、土壌を作り直してゆく必要がある。
がゆえにこの金融危機問題はピンチではなく最大のチャンスであり、好機であることをふまえるべきである。
オゾン層は毎年薄く薄くなり、石油も枯渇間近、海を壊し、山を壊し、
有限な自然資源を糧にして膨らんでゆく資本主義型社会の欲望は留まることを知らない。
地球がいくらあってもこの社会システムは成り立つわけがないのである。
今こそここで目を閉じ心を開いて、この地球のあるべき姿をイメージするべきである
そしてそれに向かって日々変わってゆかなくてはならない。変えてゆかなくてはならない。