
とてもすばらしいコンセプトだと思う。
現在、ひたすら暴走を続ける市場原理主義に元づく資本主義型工業社会なんか
なくなっていいと思う。
だって世界をそもそも一つの経済社会の流れで丸く治めてしまうとゆうこと自体
不可能な話だと思うし、
その流れで地球が回り続けても環境破壊なんか止まるわけがない。
バビロンは人々の欲望を常に刺激し続け、消費を拡大させ、
化石燃料でも何でも地球の資源もとことん使って
供給を続け、また人の欲望を誘っては市場原理主義のマーケットを拡大させてゆく。
この悪循環無くして、いまの米国を中心とした、資本主義型社会は身がもたないのである。
それよりも世界中に100人の村をいたるところに作って、
それぞれが点と線として結ばれてゆき、光のネットワークたるものを
現らわにしてゆくことに僕はひたすらに価値を見出している。
村社会に置かれる人々の役割とゆうものも多種多様であって
林業、農業、医療、教育、芸術、祈祷師、、、
それぞれが各自の役目をその社会の中で振り分け、与えられた仕事を
まっとうしてゆくとゆう生きてゆくうえでの充実感とゆうものが得られるはずだ。
それは肥大化しきってしまったこの地球規模の工業経済社会の中では見受けられず、
若者から老人まで、自分の社会的ポジション、立場、役割とゆうものがとてもとても
薄れてしまっているため、社会の中での生き甲斐とゆうものがそこから得られない。
日本は元々、村社会とゆう文化がしっかりと根付いていたはずであるが、
現代となっては地域社会も文化もとても希薄化しているのが現状だ。
しかし今こそ、この世界金融危機の最中、村社会のなかのすばらしき文化や育みに
多大なる価値を見出してゆくべきだと私は思う。
不況とゆう状況は別に悪くない、、、地球規模の資本主義型社会の流れがゆるやかになり
それのサイズ縮小を意味しているのでむしろ全体的に見ると良き状況であると考える。
それゆえに今こそ、村型、地域型の光の社会ネットワークを築きあげ、
そこに新たなる、資本主義型工業社会に変わる自然と共存してゆく文化と社会システムを構築してゆかなければならない。そしてその社会と流れはこの地球にとっても必ず持続可能なものでなくてはならない。
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